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木質バイオマス発電:苦難の歴史に学ぶ(1) 〜FITの走り、アメリカの「電力買取法」は何をもたらしたか〜

歴史から学ぶことの大切さ

木質バイオマス発電にはよく知られた苦難の歴史がある。巨額を投資して鳴り物入りでスタートした発電事業が、予期せぬ困難に直面して、うまくいかなかった例は世界にいくつもある。なぜ躓いたのか。われわれとしても、過去の事例を教訓にして、今から対策を練っておく必要があろう。

資源エネルギー庁の公表データによると、2024年9月末の時点で固定価格買取制度(FIT)の認定を受けたバイオマス発電の設備は135万kWに達したという。これは風力発電を上回り、太陽光に次ぐ出力規模だ。

しかし認定されたバイオマスプラントを一瞥すると、大部分が5MW以上で、50MWを超えるものもいくつかある。もう一つ特徴的なのは、森林から下りてくる「未利用木材」を主たる燃料にしていることだ。これまで発電用の燃料と言えば、専ら建築廃材や林産業の工場残材であったことを考えれば、大変な様変わりである。その結果、木材加工産業との連携が希薄になり、木質原料のカスケード利用が難しくなった。同時に、発電専用のプラントが多くなり、熱電併給(CHP)があまり見られないことも気がかりである。

これはいずれも発電事業のリスクが大きくなったことを意味する。これまでにも何度か触れたように、欧州では5MW以上の発電プラントの新設が最近ではほとんど見られなくなり、プラントの小型化とCHPがどんどん進んでいる。リスク回避の行動がこうした結果をもたらしているように思う。

にもかかわらず、わが国で大型のバイオマスプラントが続々と建設されようとしている最大の理由は、未利用木材に対するFITの買取価格(32円/kWh、税抜き)が強いインセンティブとして働いているからである。さらに、採択できる発電技術が蒸気タービン型の在来技術しかなく、分散型CHPに適した発電技術がないことも大きい。そしてもう一つの理由をあえて付け加えるなら、森林バイオマス専焼の発電事業につきまとう大きなリスクが十分に認識されていない。

このリスクについては理屈で説明するよりも、躓いた事例を見たほうが直截だし、説得力もあるだろう。古典的な例としては、世界最大のバイオマスプラントと言われたマックネイル発電所(米国北東部、1984年操業開始)の経営難がある。その20年後に稼働し始めたウィーン市シマリングのバイオマス発電所も、最新鋭の装置を誇っていたにもかかわらず、現在なお赤字経営から抜け出せずに苦しんでいる。

本シリーズではこれから数回に分けて、そうした事例を順次取り上げることにしたい。

木質バイオマス発電は北米の林産業から始まった

人類が火の使用を覚えて以来、広く使われてきた燃料は身近にある木や草であった。化石燃料が出回るようになるまでは、人びとは専ら木質系の燃料で暖を取り、お湯を沸かし、調理していたのである。これを総称して木質バイオマスの「伝統的な」エネルギー利用と呼ぶこともできよう。

他方「近代的な」エネルギー利用は化石燃料と競争する中で生まれてきた。一定の効率性と利便性と経済性が確保されていなければ、木質燃料の出番がなくなってしまう。木質燃料の産業的利用に先鞭をつけたのは、北米の林産業であった。1960年代から70年代にかけて製材工場や紙パルプ工場の大型化が進む。1年間に何十万m3もの原木を潰す木材加工工場であってみれば、排出される残廃材の量もまた膨大で、この処分が頭痛の種であった。

こうした状況のもとで、残廃材をチップにしてボイラで燃やしたり、あるいはパルプ廃液(黒液)を回収ボイラで燃やして、熱や電気を生産する方式は、残廃材処理の難問に片を付けると同時に、木材の加工や製品の乾燥に要するエネルギーを調達する一挙両得のやり方であった。当時の林産業界は「自社で必要なエネルギーは自社で賄う」というスローガンを掲げて、木屑類のエネルギー利用に邁進するのである。

いずれにせよ大型の木材加工場に組み込まれた発電事業は、安価な燃料が十分に確保されたうえに、生産された熱と電気の出口も保障されている。木質エネルギービジネスの基盤は盤石と言っていい。原油価格がバレル10ドル以下の時代でも、その優位が揺らぐことはなかった。

FITの走り:アメリカの公益事業規制政策法

さて問題は、木質バイオマス発電が林産業に組み込まれた熱電併給としてではなく、単独の事業として成り立つかどうかである。この場合はあちこちから燃料を集めてこなければならず、コストの上昇は避けられない。もちろん燃料の調達コストが引き上げられたにしても、それに見合った価格で電気や熱が販売できれば、事業として成り立つだろう。

化石燃料価格の高騰が電気料金の上昇に直結するような状況になれば、その可能性も少しは見えてくるが、現状はそのようにはなっていない。固定価格買取制度のような、再生可能な電力への政策支援があってこそ、独立型の木質バイオマス発電が各地で出現することになったのである。ただしこうした助成政策も安定した発電事業を保証するものではなかった。

1980年代から90年代にかけて、アメリカでは木質バイオマスを利用した発電プラントが急速に増えている。それを支えたのが1978年に制定された「公益事業規制政策法」(PURPA)である。この制度は、FITの走りとされるもので、地域の独占的な公益事業者は、それ以外の事業者(再エネ発電の事業者等)から回避原価での電気の買取りを義務づけるものだ。

たまたま80年代の前半は石油価格が上昇していてバイオマスエネルギーも競争力があったし、専門家たちも石油価格のさらなる上昇を予測していた。そのため、かなり高い買取価格で契約が結ばれることになり、木質バイオマスを使う発電施設が数多くつくられていく。法律の公布後約10年を経過した時点で、バイオマス発電プラントが全米で516基設置されていて、その総出力は842万kWに達していた。その内訳は:



発電専用
熱電併給
合計 
 件数  149 367 516
発電容量 246万kW 596万kW 842万kW

このうち熱電併給プラントの多くは林産業に組み込まれたものであり、発電専用プラントは林産業と切り離されている可能性が高い。もしそうだとすれば、独立型の発電プラントも相当な数あったことになる。地域別にみると、森林資源に恵まれて林産業の盛んなカリフォルニア州のような西海岸と、電力価格の高いニューイングランド(北東部6州)にバイオマス発電プラントが集中する。出力規模としては15〜50MW、発電効率は18〜25%程度であったと言われている。

木質バイオマス発電の凋落

ところが、80年代の後半から原油価格が下落する一方で、効率的な天然ガス発電が広がってくる。それに電力市場の自由化も重なって、公益事業者は回避原価の圧縮に成功する。90年代になると、多くの長期契約が期限切れとなり、契約の見直しを機に買取価格は大きく引き下げられた。再生可能電気の発電事業は採算が取れなくなり、退出する事業者が続出する。

一般にはこのように説明されているのだが、バイオマス発電の場合には燃料価格の高騰も採算性悪化の重要な一因となっていた。発電効率が18〜25%のバイオマス発電が何とか成り立っていたのも、安い木屑があったからである。

カリフォルニア州で何が起こったか見てみよう。下の図にあるように、80年から90年にかけて発電プラントの総出力は80万kWにまで急増した。これによって燃料の奪い合いが激しくなり、木屑の価格も3倍近くになってしまった。電気の買取価格が引き下げられたうえに、燃料がこんなに高くなったのでは、経営が苦しくなるのは当然である。新設のプラントが見られなくなる一方で、廃業するプラントが続出する。

不気味な類似

木質発電プラントをめぐる最近の日本の動きは、PURPA制定後のアメリカの状況とよく似ているように思えてならない。燃料価格の上昇で事業収支が悪化するとか、燃料が集まらずに操短に追い込まれるといった事態は十分に予想される。さらに1980年代から90年代にかけてアメリカのバイオマス発電事業が直面した問題はこれだけにとどまらなかった。次週は、バーモント州のバーリントン電力局が運営するマックネイル・バイオマス発電所がどのような困難に遭遇したかを見ていくことにする。

動画:木質バイオマスエネルギー ~日本の森林を活かして 地球温暖化を救え!~